チェルシーの本拠地、スタンフォードを乗り切ったバルセロナ(試合は1-2でバルセロナの勝利)はカンプ・ノウで行われた2ndレグも無難にまとめ(1-1)、昨季の雪辱を果たした形でベスト8に進出した。
既に使い古されている言葉で申し訳ないが、“事実上の決勝戦”とまで言われたこの一戦。チームカラーは正反対ながら、互いに欧州最強の名を欲しいままにする両雄の激突は、予想通り素晴らしくも激しい試合となった。
今回は、そんな世紀の一戦を振り返ってみようと思う。
1stレグ:デル・オルノの退場とモウリーニョの決断(チェルシー)
“私はチェルシーを勝たせるためにやってきた。相手のことなど知ったことではない”
モウリーニョの勝利への執念は恐ろしい。一体誰が荒れ放題のピッチに、それも試合の始まる直前に、スプリンクラーで水をばら撒くというのか。おかげでスタンフォードはいつにも増して酷いコンディション。
「そこまでやるか?」という感じだが、この男の勝利への執念はそれをも正当化してしまうのだ。
だが、さすがに彼もデル・オルノ退場というシナリオは予期していなかったに違いない。ロッベンをかわしたメッシに、デル・オルノが猛烈なタックルで突っ込み激突。これに対し審判はデル・オルノに一発レッドを宣告した。
映像を見る限り、イエローが妥当なところだが、互いにヒートアップしていただけに、レッドが出ても不思議ではない。
モウリーニョは「メッシの演技のおかげで10人になった。いい役者になれる」と皮肉ったが、問題があったとすれば、それはデル・オルノであってメッシではない。自軍の選手を守るという行為は、彼らしいといえばそうなのだが。
試合開始当初、「4-3-3」のシステムだったチェルシー。左サイドバックが退場になったことで、まずモウリーニョが動く。
それまで右サイドバックで見事にロナウジーニョを封じていたパウロ・フェレイラを左サイドバックにまわし、右ウイングのジョー・コールに変えてジェレミを右サイドバックとして投入。左ウイングだったロッベンのポジションをひとつさげ、「4-1-3-1」とした。
このシステムチェンジは監督なら誰でもすることだろう。10人になった場面で守備寄りのフォーメーションをとるのはある意味定石だ。
しかし、後半開始直後から、モウリーニョは誰もが仰天するプランを実行に移す。それは人数で一人勝るバルセロナに対して、“守る”のではなく、“攻める”というものだった。
モウリーニョはポジションを一つ下げていたロッベンを再びウイングに戻し、「4-3-2」とした。10人で2トップ。「気でも狂ったのか?」と思ったが、モウリーニョ恐るべし。なんと、オウンゴールという形ではあるが、11人のバルセロナ相手に先制点をもぎ取ることに成功したのだ。
このオウンゴールを呼ぶことになったのは、ロッベンのスピードだった。バルセロナはたまらずファールでとめ、ランパードのFKからモッタとGKビクトール・バルデスがもつれて失点。モウリーニョの采配が見事に的中した場面だった。
モウリーニョはライカールトの采配を読んでいたのかもしれない。ライカールトは慎重派で、どんな有利な場面になろうとも、システムを崩してまで“攻めろ”とはなかなか言わない。前半、どちらも決定的なピンチがなかったことからも、ライカールトが静観してくる可能性は高かった。
特に、昨季バルセロナはチェルシーに手痛いカウンターをもらって敗退しているだけに、より慎重に出てくることは十分予想できた。“超”のつく一流策士モウリーニョがこのことを読んでいたことは十分考えられ、それゆえの“攻める”作戦だったのだろう。
この失点をうけて、ライカールトは超攻撃的な「4-1-3-2」にシステムチェンジしてくるのだが、ここでモウリーニョは何故か動かなかった。守備寄りの「4-1-3-1」に戻すのではなく、「4-3-2」を維持して得点の可能性を残そうとした。
確かにその後も得点のチャンスはあったが、最後の一手が決まらず、逆にバルセロナに逆転されてしまった。結果的に見れば、これがモウリーニョの犯した唯一にして最大のミスになってしまった。
1stレグ:新鋭メッシの躍動 ライカールトの采配(バルセロナ)
メッシを始めて見たとき、「こいつは本当に18歳か?」と思ったものだ。完成されたスキル。成熟したメンタル。およそプレーヤーとして、若手が決まってさらけ出す弱点らしきものがない。
この“マラドーナの再来”とまで言われる逸材は、たった18歳でバルセロナのレギュラーに定着し、スタンフォードというある意味最も危険な場所で堂々とプレーし、数多のタレントの中にあってさえ消える事はなかった。
足にボールが吸い付くようなきめの細かい異次元のドリブル。この幻惑に足を突っ込んだデル・オルノはレッドカードで退場。守備力の高いギャラスが使えたら違う結果だったかもしれないが、そんな不毛な議論はここでは不要だろう。
メッシと同じように、この年代にして完成されたスキルを持つものは他にもいる。例えばマンチェスターUのルーニーやクリスティアーノ・ロナウドがそれだ。だが、彼らとメッシは決定的に違う部分がある。それがメンタル面だ。
このメッシという男は、ファウルやラフプレーに決して抗議の姿勢を見せない。普通はヒートアップして文句の一つも言ってしまうものだ。乱闘に発展することもしばしばある。だが彼は常にポーカーフェイス。
もしかしたら表情とは違って、はらわたは煮えくり返っているかもしれない。だが、決して表に出すことがない。感情のコントロールが恐ろしく達者だからだ。彼のメンタルは18歳にしては異常なほど成熟しているのである。
さて、話をライカールトの采配に移そう。前述したように、ライカールトとという男は慎重派だ。だが、先制を許した時点でこの男もついに“攻撃的な”姿勢を見せた。
モッタを下げ、ラーションを投入。これでバルセロナのフォーメーションは、4バックの前をエジミウソンが固め、その上にデコ、両ウイングにメッシ、ロナウジーニョ、センターフォワードにエトーとラーションが入り、実質4トップともとれる「4-1-3-2」という極めて攻撃的なものになった。
ファン・ブロンクホルストに変えてシウビーニョを投入したのも大きい。右サイドにはロッベンが張っていたので無理がきかないが、左サイドには比較的フリーなスペースがあったからだ。
これでマークが分散し、ロナウジーニョがフリーになる場面が増えた。チェルシーはこの危険極まりないブラジル人をフリーにした時点で負けたも同然だった。ライカールトの決断が、バルセロナに逆転をもたらしたのである。
2ndレグ:“極めて戦術的な試合”
スタンフォードで敗退を喫し、もはや攻めるしか手がないチェルシー。それに対して、カンプ・ノウでは2-1にされない限り準々決勝に進出できるバルセロナ。
何とか得点したいチェルシーは1トップにドログバ、2列目にスピードのある3人を並べる攻撃的な布陣で挑む。しかし、得点されない限り負けないという余裕のあるバルセロナは、守備にタスクを振り、鉄壁の防御でチェルシーに得点を与えない。
対するチェルシーの守備網もいつも通り手堅く、前半は双方ともに決定的なピンチがないまま終了する。スペインの『アス』紙が、“極めて戦術的な試合”と評価したのも頷ける。
後半はロナウジーニョの超絶技巧からミドルを叩き込みバルセロナが先制する。チェルシーは後半ロスタイムに得たPKからランパードが渋く決めて同点に持ち込むが、時既に遅し。あと1点がとれずに敗退した。
2ndレグ:規格外のタレント、ロナウジーニョ
後半33分のゴールは圧巻だった。まさに、あれは“魔法”以外の何物でもない。
世界屈指のDFジョン・テリーを吹き飛ばし、さらにDF2人をかわしてミドルシュート。ボールは世界最高のGKチェフと言えども“絶対にとれない”場所に吸い込まれていった。
一見華奢にも見えるロナウジーニョだが、実際かなり体格がよく、当たりにも強い。181cm、80kgは、あのロナウドとそう変わらないのだ。それにしたって、10kg以上重いジョン・テリーを吹き飛ばしたシーンには目が点になった。
かつてのスーパースターで、現監督のライカールトも“素晴らしかった。やはり彼は特別な選手だよ”と惜しみない賛辞を送った。
世界中のタレントが集結したチェルシーとバルセロナ。その中でもひときわ明るい光を放つ男。まさに異次元。規格外のタレントである。
フットボーラーとして“神格化”されているペレやマラドーナにも決して劣るまい。むしろ、“フォア・ザ・チーム”に徹することも出来る彼の方が優れているのではないか。そんなことを思わせるプレーだった。
総括:拮抗していた実力
この対戦、2試合合計3-2でバルセロナが勝ったが、得点と内容の示すように、両者の実力は極めて拮抗していた。昨季はチェルシー、今季はバルセロナに軍配があがったが、明暗を分けたのはほんの僅かな差に過ぎない。
個人的にMVPを選ぶならば文句なしでロナウジーニョだ。この男の存在感はずば抜けていた。バルセロナの勝利は、ある意味“笑うロナウジーニョに福来る”と言えるものだったかもしれない。
1stレグで両監督の見せた素晴らしい采配。そして2ndレグのロナウジーニョの個人技。見所満載の2試合だったが、出来れば両者の対決は決勝戦で見たかったものだ。
もっとも、グループステージでリヴァプールの後塵を喫したチェルシーが初戦で強豪とあたる可能性は高かったのだが。
最後に、もはやおなじみとなったモウリーニョのコメントを載せておこう。
“バルセロナは素晴らしかった。我々は自分たちのプレーができていなかった。しかし、11人対11人なら我々が勝っていただろう”